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2012年1月31日 (火)

Not doing But being

今日もFacebookに綴った言葉より・・・・・

大切な友人と、悲しいお別れをしました。
共に過ごした女子高生、女子大生の楽しかった日々がついこの前の事のよう。
遊びもバイトもいつも一緒・・・・ずっとずっと一緒だった。
大人になる一歩手前の友情はとても多感で、泣いたり笑ったり、慰めあったり・・・互いを心から想い合える特別なものでした。

卒業を機に皆別々の道を歩み始め、それぞれの活躍の場、新たな居場所で、しゃかりきに頑張らなきゃいけない時期も、精一杯過ごしてました。

ようやく心のゆとりが出てきたこの頃、FBで20数年ぶりの再会を果した友人達と同様、彼女ともいつかきっと、忙しさにとりまぎれ、日々流されたまま空白にしてしまった期間を、笑い合える日がくると信じてました。

取り返しのつかなくなった今、希薄になっていた年月の長さに驚き、悔いています。



昨夜、ずっと変わらずに、最期の最期まで見守り、見送った唯一無二の彼女の親友が、FBの同窓会ウォールで、私達へ向けて下さった誠心誠意な言葉は大変立派なものでした。

近くで見守り続けたその友人の心中はいかばかりか・・・。
でも、思いの丈綴って下さったその言葉は、様々な思い出とは裏腹に、繋がりが希薄になっていた年月に、くっきり輪郭を描いてくれるものでした。それは私だけではなく、みんなが感じた事ではないでしょうか。

同級生の皆も、それぞれの距離感で彼女との想い出があります。
の言葉により、20数年を経た今、また新たな絆として、皆の心に深く深く刻まれたと・・・私はそう感じています。

みんなが思い思いに返すコメントを読むと、涙が溢れてきます。

希薄になっていた年月ではあったけど、今ここで同級生一同が彼女との「友情・絆」を深め、そしてお見送りができました。


昨日は皆、様々な想いを胸に過ごしましたね。

全部が全部見れたわけではありませんが、私のタイムラインに綴られた皆の言葉に、また涙がまたこぼれてきます。



悲しすぎるけど、美しい友情を、十分すぎるほどに分けて下さった尚ちゃん、ありがとう。


「友情」というものを改めて考えてます。
「友達」とはかけがえのないもの。今、何かできなくても、心のどこかで寄り添えたらいい。


悔いのない人生とは、そんな事も含めてだったのですね。


こんな言葉が頭に浮かびます。

Not doing But being


この気持ち、持ち続けていたい。




以下、私達同級生一同へ向けてくださった友人の言葉です。

Nちゃん、ありがとう。


(Nちゃん、事後報告になりましたが、私のブログに貴女の言葉を引用させていただきました。)



〇高37回生の皆様へ

故 ●●●●(享年45歳) 
昨日、平成24年1月29日午前4時に神に召されました。
闘病生活10年でした。
...



生前からご両親と、万が一の時の事を話し合ってきました。
亡くなった日も、どうするのか、改めて話し合いました。
その結果、最初に決めた通り、親族のみで静かに送ろうという事に決めました。

同窓生の皆様へお知らせする事が出来ず申し訳ありませんでした。
ご遺族に代わりまして、お詫び申し上げます。

1月29日に通夜、30日葬儀ならびに告別式を終え
数年ぶりに無事、自宅へと戻りました。

静かに送りたかったご遺族のお心はお察し下さいませ。

頂いたメール。
そして、ここに書かれた皆様からのメッセージは
てるとご遺族へ伝えさせて頂いております。
沢山のメッセージありがとうございました。

生前、てるの病室に通っていた時には、皆様の事を伝えていました
お正月の新年会の事も、てるには話して伝えてます。
写真もプリントアウトして持って行かせて頂いてました。
Fbでこんな話題がね・・・って、そんな事も伝えています。

お知らせする事が出来なかったので、
皆様の分まで、気持ちを込めて、●●●●を見送らせて頂きました

唯一無二の親友を亡くした心情をお察し頂き、お許しいただけたらと思います。

どう書いてよいのか分かりませんが
皆様への感謝とお詫びと、全ての気持ちを込めて書いたつもりです
それぞれに想い出があるのに、お知らせしなかった事をお許し下さい。
皆様、本当にごめんなさい。

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